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大阪地方裁判所 昭和56年(レ)48号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

控訴人の請求原因は、次のとおりである。

「1(一) 別紙物件目録記載(一)ないし(四)の建物(以下、本件建物又は単に建物(一)ないし(四)という。)は一棟の建物(以下、本件建物という。)であり、控訴人が本件建物(二)、同(四)部分の、訴外山田君子が同(一)、同(三)部分の各区分所有権を有している。

(二) 本件建物の姿図は別紙図面一のとおりで、外観、位置、柱の構造からみて三階建部分と二階建部分に分かれており、三階建部分のうちの一階が本件建物(四)、二階が同(二)、三階が同(一)であるところ、訴外プリンス自動車株式会社(以下、プリンスという。)は、昭和三六年ころ、本件建物の敷地の大阪市大淀区中津六丁目八番一一の土地(以下、本件土地という。)上に鉄骨造の広告塔(以下、旧塔という。)を建築したが、昭和四一年ころ営業活動を停止し、旧塔は撤去せずにそのまま放置された。訴外三浦千太郎(以下、千太郎という。)は、昭和四五年ころ、旧塔に副つて鉄骨造の広告塔(以下、本件広告塔又は新塔という。)を建築し、昭和四七年、旧塔の鉄柱を柱として利用し、新塔の鉄柱を壁に取込んで本件建物(二)及び(一)が建築された。旧塔と本件建物は構造上一体であり、建物の主たる垂直柱はとりもなおさず旧塔の鉄柱であり、建物は鉄柱の基礎台によつて地表に支えられている。そして、新塔は、旧塔を延長補強する趣旨と目的で建築されたものであり、旧塔、新塔、建物は狭い空間のなかに密に重なりあつて建築され、新塔の鉄柱は建物内の壁内に取込まれて基本的部分において一体結合している。さらに、新塔の鉄柱の存在は建物内の間取を大きく左右しているばかりでなく、建物の外壁となり外観となつている。そのうえ、新塔の鉄柱は、地表に足を降ろしているだけでなく本件建物(一)の屋上にも足を降ろし、その屋根をつき破つている。

したがつて、旧塔と新塔は一体のものとして本件建物の一部分を構成しているものである。

(三) そして、本件広告塔は右三階建部分の建物中の共用部分である屋上に存し、建物の一部分を構成しているのであるから、右屋上と同様に共用部分として三階建部分の建物区分所有権者たる控訴人及び山田君子の共有に属し、右各共有者の持分は、その有する専有部分の床面積の割合によるところ、控訴人所有の本件建物(二)及び同(四)の床面積はそれぞれ41.45平方メートル、43.39平方メートルであり、山田君子所有の本件建物(一)の床面積は28.23平方メートルであるから、控訴人の本件広告塔に対する共有持分は113.07分の84.84である。<中略>

4 被控訴人は、昭和五三年七月二一日、本件広告塔に別紙広告板目録記載の広告板二枚(以下、本件広告板という。)を設置した。

5 本件広告板設置の使用料は昭和五三年七月二一日以降一日一五〇〇円相当である。

6 よつて、控訴人は、被控訴人に対し、主位的に建物共有権、予備的に本件広告塔の所有(共有)権に基づく妨害排除請求として、本件広告板の撤去を求めるとともに、広告板設置の日である昭和五三年七月二一日から右撤去に至るまで一日につき金一五〇〇円の割合による使用料相当の損害金の支払を求める。」

【判旨】

一本件建物(一)ないし(四)は一棟の建物で、控訴人が同(二)、同(四)部分の、山田君子が同(一)、同(三)部分の各区分所有権を有していること、被控訴人は、昭和五三年七月二一日、本件広告塔に本件広告板を設置したことは当事者間に争いがない。

二控訴人は、本件広告塔が本件建物の一部分を構成し、その共用部分として本件建物区分所有権者たる控訴人及び山田君子の共有に属する旨主張するので、まずこの点について判断する。

<証拠>を総合すると、本件建物(一)ないし(四)及び旧塔並びに新塔の建築経過とその構造等について、次の事実が認められる。

1 (西澤)寿子は、昭和二二年三月ころ、土田衛からその所有する本件土地を買受けて所有権を取得し同月二六日所有権移転登記を受け、昭和三〇年ころ、寿子の父三浦門寿郎が代表取締役として経営していたくろがねモータースに対し、本件土地を貸与し、くろがねモータースが右土地上に木造平屋建倉庫を建築し使用していた。

2 寿子は、昭和三五年二月二六日、本件土地につき同月二五日売買を原因として異父兄に当る千太郎に対する所有権移転登記を経由したが、右登記は寿子の夫が、事業に行詰まつたのでその債権者の追求を避ける目的で、当事者が意を通じてなした仮装のものであつた。

3 プリンスは、昭和三六年ころ、本件土地の所有名義人であつた千太郎から本件土地を広告塔建築のため賃借し、その地上に旧塔を建築し、これに自社の広告板を設置した。旧塔は一辺の長さが一三〇ミリメートルのL型鉄骨を用い、これをリベット接合で組立てて作られた高さ19.8メートルの鉄塔で、下から八メートルまでの部分は四角形、その上部は三角形に鉄骨が組まれていた。旧塔建築にともない本件土地上のくろがねモータース所有の平家建倉庫は一部解体されたが、同社は旧塔完成後その下部の鉄柱に囲まれた内側部分に平家建建物(四)を建築した。くろがねモータースは、昭和三七年三月一日、三浦自動車と商号が変更された。

4 その後三浦門寿郎の死亡にともない、昭和四一年六月一一日大阪家庭裁判所で相続人及び利害関係人ら間に成立した遣産分割等に関する調停において、千太郎は寿子との間で、本件土地についての前記3の所有権移転登記が仮装登記であつたことを確認し、千太郎が寿子に対して右登記の抹消登記手続をなすこと、寿子が千太郎に対して本件土地を広告塔の敷地として賃貸し、その地代は千太郎がプリンスに対して本件土地を転貸(従前から継続中の千太郎、プリンス間の賃貸借が寿子との関係では転貸借となる。)して収受する転貸料の二分の一の金額と定めることとの契約を締結し、同年七月一一日、右契約に基づき本件土地につき千太郎から寿子に対する所有権移転登記が経由された。

5 プリンスは、その後営業活動を停止したので、千太郎はプリンスから旧塔を代金四五〇万円で買取つてプリンスとの間の本件土地転貸借関係を終了させたが、そのころ、松下電器より広告掲載方の申入を受けたので、旧塔に副つて、その外側に新塔を建築し、同年一〇月ころ、松下電器に対し、新塔を広告板設置のため賃料年額五〇万円で賃貸するとともに、寿子に対し、右賃料の二分の一の二五万円を本件土地の地代として支払うことにした。

6 新塔は、旧塔とは別の一辺の長さ九〇ミリメートルのL型鉄骨を用い、これをボルト絞めで組立て作られ、旧塔の外側に近接してこれを取りまくように建築され、地上で柱を支持する部分が三か所において旧塔と同一の基礎を共用しているほかは旧塔と接続し、これに支えられている部分はなく、旧塔とは完全に独立して建てられている。

7 千太郎は、昭和四七年三月ころ、旧塔の上部の三角形部分を撤去し、四角形部分の鉄柱を建物の支持材に利用して鉄柱で囲まれた内側部分に建物(一)を建築し、寿子が同(二)を建築した。そして、同年五月一七日、建物(一)については千太郎が、建物(二)については寿子がそれぞれ所有権保存登記を経由した。また、千太郎は、昭和四八年ころ、三浦自動車から平家建倉庫の残部を譲受け、これを増改築して建物(三)を建築した。

8 建物(一)、同(二)は、主に旧塔の鉄柱を支持材としてこれに依存しつつ、補足的に固有の柱を使用して建てられており、建物(二)の壁の一部に新塔の鉄柱が包みこまれている部分があるが、構造上新塔の柱を建物の柱に流用したりこれに依存している所はなく、建物の梁は旧塔の柱によつて支持され、新塔の荷重の負担をかけないよう新塔の柱に触れないように構築されている。建物(一)、同(二)は新塔を避けてその内側の限られたスペースで設計されているため間取等が新塔の柱によつて制約を受けている。また、建物(四)は新塔建築以前から存し、新塔とは無関係である。

9 建物(一)、同(二)が旧塔の鉄柱を利用して建築され、同(一)が千太郎、同(二)が寿子の各所有となつたため、旧塔が千太郎と寿子の共同使用となつたことから、昭和四八年三月二〇日、千太郎と寿子間で、千太郎から寿子に対して旧塔の使用料の請求はしない旨の合意がなされた。

10 千太郎が松下電器に賃貸していた新塔の賃料は昭和四八年ころから年額六〇万円に値上げされ、これにともなつて千太郎が寿子に支払う本件土地の地代は年額三〇万円となつた。千太郎は昭和五〇年秋ころ、事業に失敗し債権者の追及を避けて身を隠す必要が生じたため、寿子との間で、千太郎から寿子に対して千太郎の松下電器に対する新塔の三年分の賃料取立権を与え、その三年分の賃料一八〇万円で寿子に対する本件土地の三年分の地代及び寿子からの借金の返済にあてるべく、松下電器との契約上の賃貸人名義を三年間に限り便宜上寿子とすることを合意し、同年一一月一日、松下電器との間であらためて賃貸人名義を寿子とし、期間三年、賃料年額六〇万円とする新塔の賃貸借契約を締結した。

11 寿子は、昭和五〇年ころ、三浦自動車から建物(四)を譲受けたが、昭和五一年二月二〇日死亡した。西澤成幸は、相続により寿子の権利義務を承継し、同年七月一日建物(二)につき、同年一〇月一日本件土地につき各所有権移転登記を、同年七月二二日未登記であつた建物(四)につき所有権保存登記をそれぞれ経由して、昭和五二年二月ころ、控訴人に対し、建物(二)、同(四)を本件土地とともに代金三〇〇万円で売渡し、同年三月一〇日いずれも所有権移転登記を了した。なお、本件土地は、昭和五五年七月五日ころ山田君子が競落によりその所有権を取得した。

12 千太郎は、寿子死亡にともない松下電器に対し、新塔の賃貸借契約につき賃貸人名義を元通り新塔所有者たる千太郎に変更するように交渉していたが、山田君子に対し、昭和五三年二月二五日に新塔を代金一五〇万円で、さらに同年三月ころに、建物(一)、同(三)を代金八五〇万円でそれぞれ売却し、同年三月一六日、建物(一)、同(三)につき所有権移転登記を了した。千太郎と松下電器間の新塔の賃貸借契約は、同年四月七日、合意解除され、松下電器は同月一〇日に広告板を撤去することとなつた。山田君子は、同年六月二〇日、被控訴人との間で、山田君子が被控訴人において新塔に広告板を設置することを承諾し、被控訴人が山田君子に対して右広告板設置の対価として年額一〇〇万円を支払う旨の契約を締結した。被控訴人は、右契約に基いて、本件広告塔に本件広告板を設置している。

以上のように認められ<る。>

そこで、本件広告塔が本件建物の一部を構成しているか否かについて考える。

一般に、建物に近接して構築された土地の定着物につきそれが建物と一体をなすものか否かは、物理的関係のみを、標準として決せられるものではなく、当該定着物が取引上の観点からみた場合に当該建物とは別個に機能的に独立しているか否かによつて決すべきである。

これを本件についてみれば、前記認定事実に照らすと、本件建物(一)、同(二)は旧塔の柱を利用して建築されたもので、新塔は右建物の主要な構成部分をなしているものではなく、また、新塔の柱を地上で支持する部分が旧塔と一部その基礎を同一にしているがこれは限られたスペース内に新塔を建築するに当つて旧塔の基礎を利用したにすぎないものであり、新塔と旧塔は右の点を除けば物理的構造上相互に依存してはおらず、新塔は旧塔及び本件建物に近接してはいるが、その外側に別の鉄骨を用いて独立して建築されたものであるうえ、その利用上建物とは独立して収益を生み出していることは明らかであり、本件建物自体の効用とは別個の広告板の設置、掲載という経済的効用、機能を有し、社会経済的観念上建物とは別個独立の存在価値を有するものであり、その建築目的も当初から千太郎が松下電器に対して広告塔として賃貸して収益を得ることにあつたものである。

そうすると、本件広告塔は、本件建物の一部を構成するものではなく、また、本件建物の従としてこれに附合するものともいえず、本件建物とは別個の独立した客体として所有権の目的となるものであるというべきである。

控訴人は、新塔の鉄柱の一部が、建物の壁に取込まれており、或いは、三階屋上にも足を降ろしていること、新塔の鉄柱の存在が建物の間取を制約しているばかりでなく、建物の外壁となり外観となつていることから、新塔は本件建物と一体である旨主張するが、本件においては前記認定のように、もともと新塔の鉄柱に囲まれた限られた空間の中に建物が建築されたことから、新塔の存在によつて建物の間取等が制約を受け、その外観上新塔と建物との区別がつきにくくなつているだけであるから、控訴人主張のような鉄柱の一部が建物の壁に取込まれており、三階屋上に一部鉄柱が接していることや建物の外観等の事実だけから、前記認定の如き建物とは独立した構造で、取引上全く別個の客体として取扱われてきた新塔を建物の一部分とみることは到底できない。

したがつて、本件広告塔が本件建物の一部分を構成しその共用部分であることを前提とする控訴人の主張は理由がない。

(山本矩夫 矢村宏 荒井純哉)

物件目録、別紙図面二<省略>

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